日本歴史地名大系 「上津田村」の解説
上津田村
かみつたむら
中世には、下津田村とともに津田郷に属し、元和五年(一六一九)の備後国知行帳には「津田上村」とある。「世羅郡誌」によると文政三年(一八二〇)には実畝八九町一反一二歩のうち、田七三町三反二七歩・畠一四町八反三畝二七歩・宅地九反五畝一八歩で、本途物成は四一二石二斗二升一合、万延元年(一八六〇)には高五石一斗一升三合、村高のうち四四石余は明知で、他は一〇人の給知。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報