上福元村(読み)かみふくもとむら

日本歴史地名大系 「上福元村」の解説

上福元村
かみふくもとむら

[現在地名]鹿児島市上福元町・東谷山(ひがしたにやま)一―七丁目・谷山中央(たにやまちゆうおう)一―四丁目・同七丁目・小松原(こまつばら)二丁目・希望(きぼう)ヶ丘町(おかちよう)・小原町(おばらちよう)・桜(さくら)ヶ丘(おか)八丁目・魚見町(うおみちよう)など

永田(ながた)川下流の沖積地およびその背後のシラス台地の一部を占める。東は塩屋(しおや)村、南は下福元村、西は山田(やまだ)村。谷山郷の中心地で、谷山筋が通る。中世から近世初期まで下福元村の地も含め、福本(ふくもと)村と称された。文禄四年(一五九五)一一月九日の伊集院忠棟・本田三清連署証状(旧記雑録)によれば、福本村を諸侍に配分した余分二二九石余が伊地知氏二人に付されている。寛文四年(一六六四)の郡村高辻帳では福本村として高八千五四三石余。延享(一七四四―四八)頃には上福元村として高三千五一五石余。以前は福元村一名であったが、その後上福元・下福元・塩屋・平川(ひらかわ)の四村に分れたとされる(三州御治世要覧)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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