上秋里村(読み)かみあきさとむら

日本歴史地名大系 「上秋里村」の解説

上秋里村
かみあきさとむら

[現在地名]上月町上秋里

下秋里村の南西、秋里川中流域両岸の狭小な平地と後背の急峻な山間地に立地する。播磨から備前に至る道が通る。もとは秋里村一村であったが正保三年(一六四六)に分村(吉田家文書)。江戸時代の領主の変遷は上月村に同じ。元禄郷帳に「古ハ秋里村」の注記付きで上秋里村がみえ、高二二三石余。正徳五年(一七一五)北部の標高約三五〇メートルの高地の梨(なし)ヶ原(はら)池を改修、大日山(おおびやま)川下流域の小日山(こびやま)村・大畠(おおばたけ)村・須安(すやす)村・力万(りきまん)村・上月村の田畑七町五反余に用水を供給した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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