上荒谷村(読み)かみあらたにむら

日本歴史地名大系 「上荒谷村」の解説

上荒谷村
かみあらたにむら

[現在地名]池田町上荒谷

上荒谷川が魚見うおみ川に注ぐ付近にある。慶長三年(一五九八)の荒谷村検地(岡文雄氏蔵)に「荒谷村」高二六七石四升とみえるが、元禄郷帳以降上荒谷村となる。「越前国名蹟考」に枝村として河原かわら訳野わけのが記されるが、河原は明応六年(一四九七)寄進状(竜淵寺文書)にみえる「大河原村」と思われる。訳野は「分野」とも記される。

正保郷帳によれば田方二一六石余・畠方五一石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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