日本歴史地名大系 「上野八幡宮」の解説
上野八幡宮
うえのはちまんぐう
[現在地名]徳山市大字下上
創建年次は不詳であるが、中世この地は富田保とよばれた地で、大内氏の時代には社領九六〇石を有し、王象大権現と称し、社坊八ヵ寺をかかえる大社であったという。毛利氏八箇国時代分限帳には社領三九石九斗五升八合とある。
江戸時代は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
創建年次は不詳であるが、中世この地は富田保とよばれた地で、大内氏の時代には社領九六〇石を有し、王象大権現と称し、社坊八ヵ寺をかかえる大社であったという。毛利氏八箇国時代分限帳には社領三九石九斗五升八合とある。
江戸時代は
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