上野八幡宮(読み)うえのはちまんぐう

日本歴史地名大系 「上野八幡宮」の解説

上野八幡宮
うえのはちまんぐう

[現在地名]徳山市大字下上

富田とんだ川の西岸四熊しくまヶ岳より南東に延びた尾根の端近くの台地に鎮座する。祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后。旧郷社。

創建年次は不詳であるが、中世この地は富田保とよばれた地で、大内氏の時代には社領九六〇石を有し、王象大権現と称し、社坊八ヵ寺をかかえる大社であったという。毛利氏八箇国時代分限帳には社領三九石九斗五升八合とある。

江戸時代は下上しもかみ四熊しくま小畑おばたかみ川上かわかみ中野なかの一帯氏神として信仰されたが、延享二年(一七四五)の文書(寺社由来)によれば、神殿・神楽所・御輿倉があり、元和五年(一六一九)、寛永九年(一六三二)、元禄四年(一六九一)、正徳三年(一七一三)などの棟札があるという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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