上須頃村(読み)かみすごろむら

日本歴史地名大系 「上須頃村」の解説

上須頃村
かみすごろむら

[現在地名]三条市上須頃

信濃川がなかくち川を分流するところに位置し、西は八王寺はちおうじ村・大曲おおまがり(現燕市)、北は井土巻いどまき(現同上)・下須頃村、東は信濃川を隔てて三条町と接する。正保国絵図など古絵図や古記録を総合すると、須頃一帯は「須頃島」あるいは「川中島」とよばれ、独立した島となっていた。この自然の要害には、中世から近世初頭にかけて三条しまノ城が築かれていた。文禄四年(一五九五)六月一一日付の直江兼続黒印状(上松文書)には、大槻おおつき庄一〇ヵ村の一として「三条城内」と記され、当時、城地と検地すべき田地とが混在していたことがうかがわれる。元和二年(一六一六)に入封した市橋長勝は城地を移し、新城普請をはじめた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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