下船渡村(読み)しもふなとむら

日本歴史地名大系 「下船渡村」の解説

下船渡村
しもふなとむら

[現在地名]津南町下船渡・米原(まいばら)

信濃川右岸の平原地帯に立地、善光寺道が貫通する。北と東は田沢(たざわ)村・倉俣(くらまた)村(現中里村)、西の信濃川対岸は外丸(とまる)村。集落は信濃川沿いに下船渡・割野(わりの)があり、これらの背後を通る善光寺道沿いに南西から北東へ大割野(おおわりの)・陣場下(じんばした)・正面(しようめん)・上段(うわだん)・十二(じゆうに)ノ木(き)・卯(う)ノ木(き)・駒返(こまがえ)り、さらにその背後に南方へ貝坂(かいざか)・朴(ほお)ノ木坂(きざか)・越渡(こしど)・米原がある。天保郷帳によると、かつては下船渡村・大場(おおば)新田・卯ノ木村・源内山(げんないやま)新田・駒返新田・割野村・貝坂村・割野新田・朴木坂(ほおのきざか)村・小出(こいで)新田の一〇ヵ村であった。正保国絵図に「下舟渡村」高七二石余がみえる。割野村・卯ノ木村・貝坂村・朴木坂村も各一村に記される。天和三年郷帳では高八九石三斗余、ほかに同所神山(かみやま)新田高七石八斗余がある。神山新田は元禄七年(一六九四)の妻有組村名書上帳(福原氏蔵)によると、万治元年(一六五八)の開発で、民戸がなく下船渡村百姓の出作。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む