下野堂村(読み)しものどうむら

日本歴史地名大系 「下野堂村」の解説

下野堂村
しものどうむら

[現在地名]本庄市下野堂など

下ノ堂とも記す。本庄台地の末端、小島(おじま)村の西に位置し、畑作を中心とした村。北東部を中山道が通る。杉山(すぎやま)村集落の中心部で三方を小島村に囲まれた杉山村の飛地のなかに当村の飛地があり、一方では村内に小島村と杉山村の飛地があることから、複雑な分村過程を示していると考えられる。塩原家創業誌(塩原家文書)は、甲斐武田家の一門と伝える塩原勘解由について「天正元年信玄卒スルニ及ビ勘ケ由子弟ヲ率ヘテ当地ニ来リ、(中略)一族帰農ニ決シ土地開拓ニ勉ム、(中略)天正十八年小笠原掃部頭ノ新領土トナレリ、勘解由ハ領主ト同族ノ故ヲ以テ更ニ地ヲ卜シ溝渠ヲ構ヒ居館ヲ経営ス、(中略)今ニ溝渠ノ跡ヲ存セリ」と記しており、勘解由の墓が現存する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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