下阿田木神社(読み)しもあたぎじんじや

日本歴史地名大系 「下阿田木神社」の解説

下阿田木神社
しもあたぎじんじや

[現在地名]美山村皆瀬

美山村と中津村の境、権現ごんげん峠の東麓に鎮座する。祭神伊弉諾いざなぎ命・伊弉冊いざなみ命ほか一二柱。旧村社。古くは下愛徳しもあいとく六社権現社と称した。「続風土記」にみえる元弘四年(一三三四)縁起によると、延喜二二年(九二二)熊野権現新宮より日高ひだか郡川上の寒川大原そうがわおおはらみね御社みやしろ原に垂迹、延長六年(九二八)笠松かさまつ(現美山村初湯川)阿多木あたぎ原に移ったという。その後、天徳二年(九五八)神託によって新宮の宝殿に納められていた詔書一通と鈴一〇具を阿多木の神殿に移し納めた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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