改訂新版 世界大百科事典 「不妊防除」の意味・わかりやすい解説
不妊防除 (ふにんぼうじょ)
害虫の雌雄の両者あるいは一方をなんらかの手段で不妊とし,それらを野外に放し,正常な雌雄間の交尾,受精率を減少させることによって,昆虫の個体数を減少させる害虫防除法をいう。すなわち,ある孤立した地域の害虫に対し,その総数の数倍の不妊昆虫を放飼すると,正常な雌雄による交尾,受精の確立は,不妊昆虫の混在によって著しく減少する。これをくり返すことによって,同地域の特定の害虫を絶滅させることができる。このような方法による害虫の個体数の減少速度は,殺虫剤などによる場合よりも速いことが計算によって示されている。
この種の防除法の最初の成功例は,1950年代にアメリカの農務省の研究グループによってもたらされた。アメリカの家畜は,ラセンウジバエという昆虫の幼虫が皮膚に食い入ることによって大きな被害を受けていた。この昆虫を大量飼育し,放射線(60Co)の照射によって不妊化し,被害の大きいフロリダ半島に放飼した。1年間,この操作をくり返し行うことによって,同地区のラセンウジバエによる被害が認められなくなり,同害虫が絶滅したことが確認された。日本では沖縄県のウリミバエの防除に,このような方法が75年末とり入れられている。その結果,久米島に不妊ウリミバエを数年間放飼することによって,同島のウリ類の被害をほとんどなくすことに成功した。
放射線照射による不妊化には,昆虫の大量飼育,大規模な放射線照射施設などが必要である。この欠点を除くために,昆虫を不妊化する薬剤いわゆる不妊剤chemosterilantが開発された。代表的な不妊剤には,テパ,トレタミン,メチルビス(β-クロロエチル)アミン,5-ブロモウラシルがある。薬剤による不妊化は,投与が容易でしかも経済性にすぐれているが,日本では実用化には至っていない。
執筆者:高橋 信孝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報