日本歴史地名大系 「中山郷」の解説 中山郷なかやまごう 高知県:安芸郡安田町中山郷安田川中流域に位置する小村一一ヵ村を、近世、中山郷と総称した。本流沿いに間下(まげ)・内京坊(ないきようぼう)・正弘(まさひろ)・別所(べつしよ)・与床(よどこ)・船倉(ふなくら)・瀬切(せぎり)、支流の西の川(にしのかわ)川沿いに西ノ川、中の川(なかのかわ)川沿いに中ノ川、小川(おがわ)川沿いに小川・日々入(ひびいり)の各村が位置する。中世は金剛頂(こんごうちよう)寺(現室戸市)領の安田庄に含まれ、鎌倉時代後期以降は東島(ひがしじま)に居を構えた惟宗(安田)氏の支配下にあった。天正一五年(一五八七)の安田庄地検帳にすでに一一ヵ村の名が記されるが、川田(かわだ)之村(江戸時代は正弘村)を除いてほぼ一村が一名の支配で、名と村の区別がない。各村に一人の名本は徴税の責任をもつ有力農民らしく、江戸時代の名本と同様の性格をもっていたらしい。 中山郷なかやまごう 秋田県:出羽国(羽後国)河辺郡中山郷「和名抄」刊本・高山寺本ともに「中山」と記す。「日本地理志料」に「訓闕、按当読云奈加都也末」といい、その範囲は子吉(こよし)川の上流、矢島(やしま)の南、笹子(じねご)・直根(ひたね)(現由利郡鳥海村)に石沢(いしざわ)川流域の現由利郡東由利町を加えた地域とする。 中山郷なかつやまごう 福井県:越前国今立郡中山郷「和名抄」高山寺本は「奈加豆也末」と訓ずる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報