中島随流(読み)なかじま ずいりゅう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中島随流」の解説

中島随流 なかじま-ずいりゅう

1629-1708 江戸時代前期の俳人
寛永6年生まれ。京都の人。山本西武(さいむ)の門人で,回文俳諧(かいぶんはいかい)を得意とした。談林派菅野谷高政,岡西惟中(いちゅう)らと論争し,貞門派論客として知られた。宝永5年2月11日死去。80歳。名は勝直。通称は源左衛門。別号に松月庵,一源子。著作に「誹諧破邪顕正(はじゃけんしょう)」「誹諧猿黐(さるとりもち)」「貞徳永代記」。
格言など】天が下や夜ふかし箱を明(あけ)の春(「花見車」)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「中島随流」の意味・わかりやすい解説

中島随流
なかじまずいりゅう

随流

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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