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中川修亭 なかがわ しゅうてい

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中川修亭 なかがわ-しゅうてい

1773-1850 江戸時代中期-後期の医師。
安永2年生まれ。近江(おうみ)の人。一時,紀伊(きい)の華岡青洲(はなおか-せいしゆう)の家に身をよせる。のち京都で吉益南涯(よします-なんがい)に古医方を,稲村三伯に蘭学をまなんだ。大坂にすみ青洲の麻酔薬の研究をたすけた。嘉永(かえい)3年2月6日死去。78歳。名は故,定故。字(あざな)は其徳。通称はほかに周貞。号は壺山,抱神堂主人。著作に「医方新古弁」「麻薬考」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

中川修亭

没年:嘉永3.2.6(1850.3.19)
生年:明和8(1771)
江戸後期の漢蘭折衷医。名は故,定故,字は其徳,号は壺山,通称は周貞,修亭,堂号は抱神堂。京都に生まれ,天明の大火で罹災して紀伊の華岡青洲の食客となり,諸家の薬方を整理した『禁方録』の編纂に協力,福島芳翁,松浦耕輔らに面接してその医術を学び,京都に戻って吉益南涯の門に入り古医方に精進,さらに海上随鴎の蘭学塾で蘭学を修め,その間に三浦蘭阪,梅川重高ら上方の文人墨客と交遊した。青洲の麻酔薬研究の情報入手に協力して『麻薬考』を選し,駆梅用水銀剤の製造研究にも当たった。大坂難波で没。<著作>『成蹟録』『医方新古弁』『本朝医家古籍考』『升汞丹製法秘録』<参考文献>宗田一「華岡青洲の門人第一号とされてきた中川修亭についての補訂」(『漢方の臨床』31巻7号)

(宗田一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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