中川修亭(読み)なかがわ しゅうてい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中川修亭」の解説

中川修亭 なかがわ-しゅうてい

1773-1850 江戸時代中期-後期の医師。
安永2年生まれ。近江(おうみ)の人。一時,紀伊(きい)の華岡青洲(はなおか-せいしゆう)の家に身をよせる。のち京都で吉益南涯(よします-なんがい)に古医方を,稲村三伯蘭学をまなんだ。大坂にすみ青洲の麻酔薬の研究をたすけた。嘉永(かえい)3年2月6日死去。78歳。名は故,定故。字(あざな)は其徳。通称はほかに周貞。号は壺山,抱神堂主人。著作に「医方新古弁」「麻薬考」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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