中牧郷(読み)なかまきごう

日本歴史地名大系 「中牧郷」の解説

中牧郷
なかまきごう

まき庄内にあった戦国時代の郷。千野々宮ちののみやの中牧神社に残る文明一〇年(一四七八)一一月二二日の棟札に「甲州山梨郡中牧郷第一位霊廟」とある。同棟札には領主源信孝がみえるが、系譜は判然としない。永禄四年(一五六一)の番帳の一二番にみえる「中まき禰宜」は中牧神社の神官ことで、同社は府中八幡神社勤番を命ぜられている。同一三年三月一九日の武田家印判状写(若槻朗家文書)によると、若月五郎兵衛尉は中牧の内で二貫八〇〇文、当地増分一四貫九五〇文のうちから一〇貫文などが与えられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む