中筋町(読み)なかすじちよう

日本歴史地名大系 「中筋町」の解説

中筋町
なかすじちよう

中京区新京極通六角下ル

南北に通る新京極(しんきようごく)通を挟み、西側は寺町(てらまち)通(旧東京極大路)が通る。

応永三二年(一四二五)一一月一〇日付の酒屋交名(北野天満宮史料)には「四条坊門京極東南頬 重善」の名がみえる。

近世には、誓願(せいがん)寺、円福(えんぷく)寺の境内であったが、明治維新後、町地となった。


中筋町
なかすじちよう

[現在地名]奈良市中筋町

西御門(にしみかど)町の北、興福寺の西側三門の通のうち中筋の赤門(敬田門)通にあたる。「奈良曝」に「酢や町と壱所に合、町役四十壱軒」「北辺に花林院の跡あり」とある。「奈良坊目拙解」は興福寺別院華林(かりん)院があったことから、旧名花林院町といったといい、元禄二年(一六八九)の家数五四(うち号所一四、一乗院門跡家来三、同屋敷二、同小者家四、童子一、衆徒一、興福寺専当屋敷一、春日大工一、八幡禰宜一)、竈数七〇と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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