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中蒙関係 ちゅうもうかんけい/ちゅうごくもんごるかんけい

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知恵蔵2015の解説

中蒙関係

中ソ(ロ)両大国のはざまに存在するモンゴルは、ソ連との親密な関係のために、中ソ対立の期間、中国との激しい抗争を続けてきたが、1988年11月には、両国の国境問題処理に関する条約が調印され、さらに中国・モンゴル領事条約が結ばれた。両国間国民の居住や旅行などに関する同条約は、87年1月に発効。88年、夏季の北京―ウランバートル間の定期便がモンゴル航空により運航されるようになった。そして、中国側が非難してきたモンゴル駐留ソ連軍の一部が、87年4月に撤兵した。次いで89年5月の中ソ首脳会談開催と同時に、5万数千人と推定されたソ連軍のモンゴルからの本格撤兵が始まり、92年9月には全面撤兵した。こうして中蒙関係は急速に改善され、90年5月にはP.オチルバト人民大会幹部会議長(国家元首)らが訪中。同年6月には、ウランバートルと中国・内モンゴル自治区フフホトとの間に、週1往復の直通国際列車が開設された。91年8月には中国の国家元首の初訪問として、楊尚昆国家主席が訪蒙、中蒙関係は更に強化された。94年4月には李鵬(リー・ポン)が中国首相としては34年ぶりに訪蒙し、ジヤスライ首相との会談で友好関係協力条約が調印された。しかし同年9月には、亡命中のチベット指導者ダライ・ラマが92年に次いで訪蒙するなど亀裂も残っている。96年6月、モンゴルは中国、ロシアとの3カ国間で東西の国境を画定した。99年7月には江沢民(チアン・ツォーミン)主席が訪蒙してバガバンディ大統領と会談、善隣友好関係の確立に合意。翌2000年11月には、ロシアのプーチン大統領も訪蒙して注目された。03年6月には中国の胡錦涛(フー・チンタオ)国家主席が就任早々に訪蒙、最大の貿易相手国として経済技術協力協定を結んだが、一方では民進党政権下の台湾とモンゴルとの接近も目立っている。韓国の経済的な進出も著しい。

(中嶋嶺雄 国際教養大学学長 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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