中貫村(読み)なかぬきむら

日本歴史地名大系 「中貫村」の解説

中貫村
なかぬきむら

[現在地名]土浦市中貫・東中貫(ひがしなかぬき)町

常名(ひたな)村の北東に位置し、台地上にある。江戸初期に土浦藩領となり、延宝七年(一六七九)二月土屋政直によって検地が行われた(「常州新治郡南庄土浦領中貫村御検地水帳」久松一氏蔵)。水戸街道の整備に伴い、慶長九年(一六〇四)四月二日には「御代官方(中略)出役にて西根先且中貫迄見分済」(前沢家文書)と街道の検分が行われた。

「土浦在城中覚日記」(国立史料館蔵)宝暦八年(一七五八)一〇月一一日条に「此度中貫原当反町の場所に於て連的射申すべき場所申付出来候に付」とあり、水戸街道の西側の中貫原に射撃訓練場ができた。


中貫村
なかつらむら

[現在地名]奈良市中貫(なかづら)町

大野(おおの)村南方にある。東田原(ひがしたわら)村からの分村、元禄郷帳の村高は五五・四九石、「東田原之枝郷」と注記する。津藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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