水戸街道(読み)ミトカイドウ

デジタル大辞泉 「水戸街道」の意味・読み・例文・類語

みと‐かいどう〔‐カイダウ〕【水戸街道】

江戸時代江戸から松戸を経て水戸に至る街道。現在の国道6号の一部にあたる。水戸道中。

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精選版 日本国語大辞典 「水戸街道」の意味・読み・例文・類語

みと‐かいどう‥カイダウ【水戸街道】

  1. 江戸時代の脇街道の一つ。奥州街道千住宿から松戸・我孫子(あびこ)の各宿を経由して水戸に至る。上りは江戸街道といった。水戸道中。水戸通。

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日本歴史地名大系 「水戸街道」の解説

水戸街道
みとかいどう

近世の水戸街道は奥州道中から中畑なかはた新田(現矢吹町)で分岐し、釜子かまのこ(現東村)棚倉たなぐら(現棚倉町)伊香いこう(現塙町)東舘ひがしだておおぬかり(現矢祭町)徳田とくだ(現茨城県里美村)太田おおた(現同県常陸太田市)経由で、水戸で水戸道中に合さる街道で、常陸街道・常陸太田街道、ときには横道常陸中奥道とよばれる。棚倉・伊香・東舘の道筋は、白河城下から関辺せきべ(現白河市)金山かねやま三森みもり(現表郷村)経由の棚倉街道一里塚を受けた一里塚があり(「磐城国絵図」県立図書館蔵)台宿だいしゆく植田うえだ(現塙町)には一里塚碑が残る。この街道は「日本後紀」の弘仁二年(八一一)四月二二日条に、陸奥国の海道一〇駅を廃し、代りに常陸国を通る道に長有ながあり高野たかのの二駅を置き危急を告げさせるとある奥州山道を、後世に換線したものとみるべきであろう。「大日本地名辞書」は長有は現茨城県大子だいご下野宮しものみや、高野は現はなわ町の伊香古いこうふる宿とする。この久慈くじ川ルートの陸奥・常陸国境には、白河の二ヵ所の関同様に二つの関が設けられた。現在のルートでいえば、西側の大子町経由の国道一一八号と東側の常陸太田市経由の国道三四九号の二道で、前者に焼山たけやま関、後者に大関が置かれた。「今昔物語集」巻二七(近衛舎人、於常陸国山中詠歌死語)に「陸奥国ヨリ常陸ノ国ヘ越ル山ヲバ、焼山ノ関トテ、極ジク深キ山ヲ通ル也」とあって、現大子町役場の東方一キロにある久慈川左岸の大子町北田気きたたけ、右岸の同町南田気が遺称地とされる。


水戸街道
みとかいどう

江戸から水戸に至る街道。水戸道中(諸例撰要)・水戸道(新撰憲法秘録)・水戸通(令条秘録)ともよばれ、水戸からみて江戸街道ともよぶ。また江戸寄りの新宿にいじゆく(現東京都葛飾区)から分れて佐倉さくら(現千葉県佐倉市)へ向かう道と合せ、水戸佐倉道(水戸佐倉道宿村大概帳)ともよばれた。岩城いわき街道と接続し、明治(一八六八―一九一二)以降は両街道を合せて陸前浜りくぜんはま街道と称する。現在の国道六号はほぼその経路を継承している。

宿駅長岡ながおか小幡おばた(現東茨城郡茨城町)片倉かたくら(堅倉)竹原たけはら(現同郡美野里町)府中ふちゆう(現石岡市)稲吉いなよし(現新治郡千代田村)中貫なかぬき土浦つちうら中村なかむら荒川沖あらかわおき(現土浦市)牛久うしく(現稲敷郡牛久町)若柴わかしば(現龍ケ崎市)藤代ふじしろ(現北相馬郡藤代町)取手とりで(現取手市)我孫子あびこ(現千葉県我孫子市)小金こがね松戸まつど(同松戸市)、新宿、千住せんじゆ(現東京都足立区・荒川区)に置かれた。府中で鹿島道・宇都宮うつのみや道、稲吉―中貫間で筑波道、若柴―藤代間で龍ヶ崎道、我孫子で鹿島道、我孫子―小金間で筑波通り水戸街道、小金―松戸間で流山ながれやま道、松戸―新宿間で成田なりた道をそれぞれ分岐する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「水戸街道」の意味・わかりやすい解説

水戸街道
みとかいどう

江戸より水戸に至る街道。江戸から千住(せんじゅ)、金町(かなまち)、松戸関所、松戸、我孫子(あびこ)、取手(とりで)、牛久(うしく)、土浦、石岡、小幡(おばた)などを経て水戸に達し、岩城相馬(いわきそうま)街道などとつながる。両道を総称して浜街道、明治以降は陸前浜街道という。日光道中に付属し、広義には五街道の一つであるが、道中奉行(ぶぎょう)支配は松戸宿まで。水戸藩主が定府(じょうふ)であったため、家臣の通行も頻繁で、江戸勤番藩士用に土浦と小金(こがね)に旅宿が指定されていた。近世後期には奥州道中を利用する参勤大名が水戸街道をも利用するようになった。1730年(享保15)小金宿あたりから布施(ふせ)、戸頭(とがしら)、小張(おばり)を経て土浦に達する布施街道が開かれ、その間の7宿が衰微し、通行が禁止されている。1804年(文化1)には牛久宿助郷村(すけごうむら)増加反対の一揆(いっき)が起きている。

[山本光正]

『植田敏雄編『茨城百姓一揆』(1974・風濤社)』『『水戸市史 中 1・2』(1968、69・水戸市)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「水戸街道」の意味・わかりやすい解説

水戸街道
みとかいどう

水戸道中ともいう。陸前浜街道の一部。江戸時代,江戸と水戸を結ぶ脇街道で,千住から水戸にいたる 18宿を経た。この間佐倉道中と重複する部分は水戸佐倉道といった。文政年間 (1818~30) には水戸家など 22家の大名の参勤交代でにぎわった。現在の国道6号線にほぼ相当する。

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世界大百科事典(旧版)内の水戸街道の言及

【常陸国】より

… 貨幣経済が発達し交通が開けると商品作物の生産が盛んとなり,水戸領内の和紙,こんにゃく,タバコ,土浦領内の灯心用イグサなどはひろくその名を知られた特産物である。常陸の街道としては脇街道ながら水戸街道(江戸街道)が最も重要で,取手,牛久,土浦,長岡などに宿駅があった。水戸から浜通り,勿来(なこそ)関址を経て奥州に通ずるのは岩城(いわき)街道で,このほか南郷,那須,結城・宇都宮,飯沼などの脇街道が縦横に走っていた。…

※「水戸街道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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