日本歴史地名大系 「中金村」の解説
中金村
なかがねむら
慶長検地当時は宮崎村の内で、天和元年(一六八一)鳥羽藩領土井周防守支配の際に宮崎村を元村として分村独立。享保一〇年(一七二五)に再び幕府領になり、安永元年(一七七二)に西大平藩領に編入し明治に至る。天和元年鳥羽藩領編入の直前の
中金村
なかがねむら
矢作川の支流
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
慶長検地当時は宮崎村の内で、天和元年(一六八一)鳥羽藩領土井周防守支配の際に宮崎村を元村として分村独立。享保一〇年(一七二五)に再び幕府領になり、安永元年(一七七二)に西大平藩領に編入し明治に至る。天和元年鳥羽藩領編入の直前の
矢作川の支流
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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