額田町(読み)ぬかたちよう

日本歴史地名大系 「額田町」の解説

額田町
ぬかたちよう

面積:一六〇・二五平方キロ

三河高原と称される山地の西端に位置し、標高四〇〇から六〇〇メートルの山々が多い。東端の巴(ともえ)山より乙(おと)川が、南東端の本宮(ほんぐう)山より男(おと)川がそれぞれ西に向かって平行して流れ、町域は男川水系の地域と、乙川水系の地域とで大きく北部と南部に分区される。二河川の流域周辺の山々に水源をもつ保久(ほつきゆう)川・夏山(なつやま)川・平針(ひらばり)川・鳥川(とつかわ)川・乙女(おとめ)川・雨山(あめやま)川・河原(かわはら)川・毛呂(けろ)川・大高味(おおたかみ)川・大栗(おおぐり)川などの乙川・男川の支流沿いに集落が成立している。東は南設楽(みなみしたら)郡作手(つくで)村・宝飯(ほい)郡一宮(いちのみや)町、西は岡崎市、南は豊川市・宝飯郡音羽(おとわ)町、北は東加茂郡下山(しもやま)村と各々山地で境する。町域の東と南で西三河と東三河が分れる。

男川流域の明見(みようけん)・樫山(かしやま)・牧平(まきひら)などで石棒・石鏃や縄文・弥生の土器片が発見されている。宮崎(みやざき)から銅鐸が二個出土したと伝える(ぬかた)。

中世、男川(おとがわ)・砥鹿(とが)・作手・乙川(おとがわ)・下山・中山(なかやま)の各荘園があったことを伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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