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中院通茂 なかのいん みちしげ

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美術人名辞典の解説

中院通茂

江戸前・中期の公卿。通純の子。法号渓雲院。権大納言となり従一位に叙せられる。祖父通村・父直純より和歌を学び、後水尾天皇より古今伝授を受け、霊元院歌壇の指導的役割を果たした。また武家伝奏を務めて徳川光圀と親しくし、その家臣に百人一首を講義した。著書に『渓雲問答』等、日記に『中院通茂日記』等がある。宝永7年(1710)歿、79才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中院通茂 なかのいん-みちしげ

1631-1710 江戸時代前期-中期の公卿(くぎょう),歌人。
寛永8年4月13日生まれ。中院通純(みちずみ)の子。権(ごんの)大納言,武家伝奏をへて元禄(げんろく)17年内大臣。翌年従一位となる。祖父通村(みちむら)や父から和歌をまなび,後水尾(ごみずのお)上皇から古今伝授(こきんでんじゅ)をうけ,宮廷歌壇で活躍した。宝永7年3月21日死去。80歳。法名は渓雲院。家集に「老槐(ろうかい)集」,著作に「渓雲問答」など。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

中院通茂

没年:宝永7.3.21(1710.4.19)
生年:寛永8.4.13(1631.5.14)
江戸中期の公家。和歌,有職に通じる。権大納言中院通純の子。母は高倉永慶の娘。明暦1(1655)年参議,3年に権中納言,万治3(1660)年権大納言,寛文10(1670)年9月から延宝3(1675)年2月まで6年間武家伝奏を務め,公武間の斡旋に尽力した。宝永1(1704)年内大臣,翌2年従一位に叙される。幼年より祖父通村,父通純から家職としての和歌を学び,寛文4年5月には後水尾法皇から古今伝授を受け,のちに霊元院歌壇の指導的役割を果たした。元禄15(1702)年から晩年にかけて仙洞において『未来記』『雨中吟』『詠歌大概』を講釈。歌道鍛練の功績により,元禄16年には幕府から200石の加増を受けた。歌集『老槐和歌集』がある。武家伝奏の役務を通じた徳川光圀らの武家との交友も注目され,『中院通茂日記』は彼の行動を記した貴重な史料。法号渓雲院。京都廬山寺に葬られる。<参考文献>近世堂上和歌論集刊行会編『近世堂上和歌論集』

(母利美和)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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