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丸目蔵人 まるめ くらんど

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

丸目蔵人 まるめ-くらんど

1540-1629 織豊-江戸時代前期の剣術家。
天文(てんぶん)9年生まれ。上泉信綱(こういずみ-のぶつな)に新陰流をまなび,柳生宗厳(やぎゅう-むねよし)らとともに上泉四天王と称される。帰郷して肥後(熊本県)人吉藩の剣術師範となる。新陰タイ捨流を創始し,タイ捨流と改称して九州一円にひろめた。書,和歌,笛にもすぐれた。寛永6年2月7日死去。90歳。名は長恵(ながよし)。号は徹斎。

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朝日日本歴史人物事典の解説

丸目蔵人

没年:寛永6.2.7(1629.3.1)
生年:天文9(1540)
安土桃山・江戸前期の兵法者。もと山本姓で与三右衛門を父に,肥後国(熊本県)八代郡人吉に生まれる。諱は長恵,号は徹斎。上泉信綱 に学んで新陰流印可を受け,信綱が室町幕府将軍足利義輝に兵法を上覧するに当たり,その打太刀を務めたという。天正9(1581)年人吉藩主相良長毎の代に剣道指南役となり以後,相良家当主らに剣を教えるかたわら,タイ捨流を創出。武芸十八般に通じたが,和歌,笛,乱舞などにも優れた。晩年は球磨郡霧ノ原の開拓に従事し,90歳で没。墓は球磨郡錦町にある。

(中井一水)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

丸目蔵人
まるめくらんど

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