丹藤村(読み)たんどうむら

日本歴史地名大系 「丹藤村」の解説

丹藤村
たんどうむら

[現在地名]田島町丹藤

田島村の北、荒海あらかい川と檜沢ひさわ川の合流地点北東に位置する。荒海川は合流後阿賀川とよばれる。村域の大部分は北境にある那須沢なすざわ(一〇四四・九メートル)南麓の山地で、耕地は阿賀川北岸の河岸段丘上の平坦地にある。大明神だいみようじん遺跡からは旧石器時代のナイフ形石器が出土している。戦国期には山内氏が住したとの伝承がある。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録に村名がみえ、高一〇四石余。南山御蔵入領田島組に属する。寛文六年(一六六六)の「会津風土記」では田島郷のうちに村名がみえる。貞享二年(一六八五)の「長江庄郷村地方風俗帳」には水損地とある。延享三年(一七四六)の田島組覚書(田島町史)では高二〇五石余、反別田一六町四反余・畑九町七反余、家数三九・人数一七二、馬一七。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android