久代庄(読み)くしろのしよう

日本歴史地名大系 「久代庄」の解説

久代庄
くしろのしよう

猪名いな川左岸にあった中世の庄園。庄名は近世の久代村に継承される。貞応二年(一二二三)三月日の蔵人所牒案(東洋文庫所蔵弁官補任裏文書)に「久□庄内今市并豊島市」とみえ、当庄の市を含む摂津国・河内国の諸市・津などに対して、書物を入れる櫃を朝廷の納殿に年貢として造進させるため国司・領家・地頭・神人らの濫妨を停止し、檜物を扱う商人往反の煩いをなくすよう命じている。弘安元年(一二七八)一〇―一二月の勘仲記紙背文書中の某申状によれば、久代村で尚高入道が濫妨をなし、百姓を責めるので、もはや滅亡しつつあるという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む