久我敏通(読み)こが としみち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「久我敏通」の解説

久我敏通 こが-としみち

1735-1756 江戸時代中期の公卿(くぎょう)。
享保(きょうほう)20年1月27日生まれ。久我通兄(みちえ)の子。宝暦3年(1753)権(ごんの)大納言となる。正三位。竹内式部尊王思想に影響され,徳大寺公城(きんむら),烏丸光胤(みつたね)らと王政復古をめざしたが,宝暦事件として表面化する以前の,宝暦6年2月25日病没した。22歳。初名は俊通。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む