烏丸光胤(読み)からすまる みつたね

美術人名辞典の解説

烏丸光胤

江戸中期の公卿。宝暦勤王二十廷臣の一人。光栄の子。初名は清胤。従二位権大納言。同門十九人の廷臣と国史を進講する。のち落飾して法名を卜山という。安永9年(1780)歿、58才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

烏丸光胤 からすまる-みつたね

1723-1780 江戸時代中期の公卿(くぎょう)。
享保(きょうほう)8年6月1日生まれ。中御門宣誠(なかみかど-のぶさと)の子。宝暦6年(1756)権(ごんの)大納言となる。竹内式部(たけのうち-しきぶ)に神道,儒学をまなび,8年宝暦事件に連座して止官,永蟄居(ちっきょ)の処分をうける。のちゆるされて歌道の御用にたずさわった。安永9年9月18日死去。58歳。初名は清胤。

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367日誕生日大事典の解説

烏丸光胤 (からすまるみつたね)

生年月日:1721年6月1日
江戸時代中期の公家
1780年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典内の烏丸光胤の言及

【烏丸家】より

…藤原氏北家冬嗣の流れ。家格は名家。家名は京都の烏丸に住したのによる。このため烏丸を名のった公卿は少なくないが,子孫世襲して称するようになるのは,室町時代,権大納言日野資康の二子豊光から。江戸時代には初め1500石,のち954石を給せられ,代々歌道の家として朝廷に仕え,多くのすぐれた歌人を出した。なかでも准大臣光宣の子光広は細川幽斎門下の歌人として後陽成・後水尾2代の天皇に仕え,宮廷文化のなかで重きを占めた。…

※「烏丸光胤」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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