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了源 りょうげん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

了源 りょうげん

1295-1336* 鎌倉時代の僧。
永仁(えいにん)3年5月1日生まれ。浄土真宗仏光寺派。二つの所伝がある。仏光寺所伝では,興正寺4世了海の3男。同寺7世をつぎ,後醍醐(ごだいご)天皇より仏光寺の名をさずかり改称。建武(けんむ)2年12月8日,布教中に伊賀(いが)(三重県)山中で殺された。41歳。本願寺所伝では,もと武家の家人の中間(俗名は金森弥三郎)。覚如にまなび興正寺を建立,同寺の焼失後再興し存覚から仏光寺の名をあたえられた。名帳,絵系図をもちいて布教し,仏光寺教団の基礎をきずいた。号は空性(くうしょう)。

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世界大百科事典内の了源の言及

【仏光寺】より

…寺伝によれば,1212年(建暦2)流罪を許された親鸞が越後から上京,山科に一宇を建て興隆正法寺の号を賜り,略して興正寺と称したという。しかし《存覚一期記》には,1324年(正中1)7世了源が山科に一宇を建て覚如が興正寺と命名,のち了源は寺を洛東渋谷(しぶたに)に移して仏光寺と改めたという。ここを拠点に了源は布教に尽力し信者の組織化につとめ,当時農民の地縁的自治組織であった惣(そう)を真宗門徒の組織に導入して念仏者の惣を結成し,衆議に基づく教団の運営を図った。…

※「了源」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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