改訂新版 世界大百科事典 「予定運命」の意味・わかりやすい解説
予定運命 (よていうんめい)
prospective fate
発生学用語。動物の初期胚の各胚域は,発生が正常に進行すれば,やがてある特定の組織や器官を形成して個体の特定部分を構成する。例えばイモリやカエルなど両生類では,胞胚の背側の胚域から中枢神経系や感覚器などができてくるが,それは発生が異常なく進行し,その胚域が予定された発生の道筋を誤りなくたどることができたからである。このように胚の各胚域が,正常に進行する発生の過程でたどるべき発生運命を胚域それぞれの予定運命という。例えばカエル胞胚の動物極近傍の胚域はオタマジャクシの頭部の表皮になるので,この胚域の予定運命は頭部表皮ということになる。一般に正常な個体発生の過程で,将来X(例えば脊索)という器官を形成するはずの胚域,つまりXの形成を予定運命としている胚域は予定X(例えば予定脊索)と呼ばれる。
予定ということばには学問的に重要な意味がある。というのは,ことに発生のごく早期の胚にあっては,各胚域の発生運命は定まったものではなく容易に変わりうるからである。胚の置かれた条件によっては,特定の胚域がその予定運命に従って行動しないことがしばしばある。また特定の胚域を胚から切り離して培養したり,他の胚の異なる部位に移植したりすると,本来の予定運命とはまったく違った発生運命をたどることも多い。そしてこの傾向は胚が若いほど一般に著しい。胚域の形成可能性が決定されるまでは,その発生運命はあくまで〈予定〉なのである。したがって予定運命は,今日ではある胚域が正常発生で実現すべき唯一の形成可能性という意味で用いられる〈予定意義prospective significance〉とほとんど同義と理解してよい。
両生類や鳥類の胚について各胚域の予定運命が,古くは局所生体染色法や炭素粒子を使う標識法で調べられたが,今日では精度の高い酵素標識法によって,各種動物胚の発生運命が細胞レベルで詳細に解析されている。
→発生
執筆者:江口 吾朗
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報