個体(読み)コタイ(英語表記)individual

翻訳|individual

デジタル大辞泉 「個体」の意味・読み・例文・類語

こ‐たい【個体】

哲学で、それ以上質的に分割されない統一体で、分割されればそのものの固有性が失われてしまう存在。個物。
生存に必要十分な機能と構造をもつ、独立した1個の生物体。→群体

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精選版 日本国語大辞典 「個体」の意味・読み・例文・類語

こ‐たい【個体】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 哲学で、一つ一つに分かれても自己の特質と存在を失うことのないものをいう。大小に関係なく、それだけで一つの全体としてのまとまりをもつもの。個物。〔哲学字彙(1881)〕
    1. [初出の実例]「果ては魂と云ふ個体を、もぎどうに保ちかねて」(出典:草枕(1906)〈夏目漱石〉三)
  3. 生物学で、一個の生物として生存するのに必要な機能と構造を備えた生物体を、群体に対していう。高等な生物では個々の生物が相当するが、原始的なものでは集合して群体をつくり、個体と群体との区別が明瞭でない場合がある。
    1. [初出の実例]「個体が死んでも種(スペシース)が栄えれば国家は安泰である」(出典:写生紀行(1922)〈寺田寅彦〉)

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改訂新版 世界大百科事典 「個体」の意味・わかりやすい解説

個体 (こたい)
individual

空間的にまわりから明確に区別され,生存と生殖の単位として不可分の生物体をいう。ヨーロッパ語の語源はラテン語のindividuum(不可分)による。われわれ人間をはじめ,われわれが目にする多くの動物,たとえばイヌ,ネコ,小鳥,ヘビ,カエル,魚,昆虫,エビ,カニ,クモ,カタツムリ,ミミズ,ヒトデ,カイチュウなどは,いずれも個体として存在している。それらの個体はみずからのために栄養をとり,生殖に際しては一つの単位としてふるまう。個体は,形の上でも構造の上でも一つの全体を成しており,それに含まれる多くのさまざまな器官は,この個体に統合されている。しかし一方,これらの動物は,自然界においてはこのような個体の集合としての個体群populationないしをなして存在しているのであって,個体はまさにそれらの1単位にすぎない。しかし,個体なしに種は存在せず,また種なしに個体は存在しえない。同じように,個体はその構成要素であるいろいろな器官,そしてその器官の構成要素である細胞なしには存在せず,また逆に,細胞,器官は個体なしには存在しえない。この意味において,個体はケストラーのいうところのホロンの一つである。

しかし,自然界には,個体というものが明りょうでない動物もたくさんいる。とくに原始的といわれる動物には,そのようなものが多い。サンゴをはじめとする腔腸動物がそのよい例である。われわれが〈珊瑚(さんご)〉と呼ぶものは,サンゴが作った共同の骨格である。生きているサンゴは,多数の〈個虫〉が集まって,いわゆる群体となったものである。一つずつの個虫はその体の一部で別の個虫とつながりあい,腸を共通にしている。個虫はその触手によって小さな獲物を捕らえるが,捕らえられた獲物は共通の腸で消化され,それがなん匹もの個虫に吸収され栄養となる。つまり個虫は自分のために食うだけでなく,他の個虫のためにも食うのである。個虫は石灰質その他の物質を分泌して骨格を作るが,この骨格も共通である。骨格は,どこからどこまでが,どの個虫に属するのかという境目もなく連続している。ミツバチや団地アパートの住人のように,共同の巣や殻の中にすむ動物はたくさんいるが,その中での個体というものは明りょうに独立している。しかし腔腸動物の〈個虫〉はそれ自身がみなつながりあってしまっている。

 腔腸動物の中でも,クダクラゲの仲間にはさらに変わった現象が見られる。すなわち,カツオノエボシのようなものでは,上に述べたような群体の中で,個虫に分業が起こっているのである。ある個虫ないし個虫の集団は,浮袋を形成して,群体全体を海面にただよわせるようにする。ある個虫は泳鐘と呼ばれる遊泳装置として機能する。また生殖専門の個虫もできている。これらは卵または精子を作り,それを海中に放出して,生殖にたずさわる。いずれももはや食物はとらない。これらの個虫の栄養は,栄養個虫と呼ばれる摂食専門の個虫たちによって供給される。このようなことは,個虫が〈個体〉でないがゆえに可能なのであって,いわばこの一つの群体全体があたかも他の動物の個体であるような状況となっているのである。実は,似たようなことは,いわゆる社会性昆虫にも見ることができる。一つのミツバチの巣(コロニー)において,卵を産むのは女王だけであり,働きバチは生殖に関与しない。一方,女王は自分では食物を集めたりしない。つまりミツバチの〈個体〉は,初めに述べた意味での個体ではないのである。それに相当するのはコロニー全体である。一つのコロニーは,外囲から独立した,そしてみずからのために栄養をとり,生殖にたずさわる単位なのである。

 もしそうだとすると,われわれが一匹のハチ,つまり一つの個体として見ているミツバチの〈個体〉は何になってしまうのか。今西錦司はかつて,この問題に対して次のように考えた。すなわち,生物の個体と種との関係は単一ではない。多くの動物においては,個体は初めに述べたように,直接種を構成する要素となっている。このようなものを今西はスペシオンspecionと呼んだ。しかしミツバチやアシナガバチ,アリなどのような多くの社会性昆虫の場合,個体はそのコロニーの構成要素であって,種と直接的につながるのはコロニーなのである。このような場合の個体を,彼はゲニオンgenionと呼んだ。

 これは一つの考え方であり,アシナガバチなどでは働きバチが卵を産むことも起こるので,すっきり割り切るのはむずかしい。

 あるいはまた,一つ一つの個体は多少とも不完全さをもつとはいえ,やはり個体であるとみなすなら,コロニー全体は一個の〈超個体supraindividual〉ということになる。この考えかたは古くから存在する。人間の社会を一つの超個体であるとし,個々の個体(個人)をその器官であるとみなす社会有機体説social organicismはその一つである。

 いずれにせよこれらの例は,われわれが半ば自明のものと思っている個体というものが,その実体においても概念においても,けっして単純ではないことを示している。

植物となると,個体の存在はますます明りょうでなくなる。マツ,サクラ,ケヤキなどといった木,チューリップその他の花などは,いずれもはっきりした個体のように見える。実際,多くの場合においてその通りである。しかし,あちこちで見られる相生の松とか相生杉とかいったものは,個体であるのかないのかわからない。チューリップにしても,1個の球根からなん本もの芽がでることはよくあるし,イネなどが分げつを始めたら,どこまでを1個体と呼ぶのか定かでなくなる。

 タケやササのように,地上部だけを見れば1本1本に分かれていて,その一つ一つが個体であるかのように見えているのに,地中ではみな地下茎でつながっていて,個体とはいえない植物は,珍しくないどころか,むしろそのような植物のほうが多いかもしれないのである。

 植物,とくに顕花植物の場合,このようにつながりあった植物体は,腔腸動物の群体のように,栄養的にもつながりあっている。したがって,地上に伸びた〈1本の〉草は,栄養の単位であるべき個体ではなく,むしろただの個虫に近い。では,それは生殖の単位であるだろうか。これも否である。生殖の単位となるのは,1個1個の花である。地下茎でつながったなん本かの茎の先にたくさんの花をつけた草の1本1本は,けっして生殖の単位とはいえない。なぜなら,それは必ずしも不可分ではないからである。

〈原始的といわれる動物には,個体が明りょうでないものが多い〉と初めに述べた。植物において個体という特性(個体性)がはっきりしないのは,植物が動物より原始的な存在だからだと考えることもできる。しかしこの考えは妥当とは思われない。動物でも植物でも,もっとも原始的とされる単細胞のものには,むしろはっきりした個体性を示すものが多い。アメーバゾウリムシミドリムシ,クラミドモナス,クロレラその他,明りょうに〈個体〉とみなせる形で生きているものがたくさん見られる。個体というものが明らかでないということは,けっして原始性を意味するものではない。われわれは,たまたま自分がはっきりした個体として存在する人間であるがゆえに,個体というものを基本にしてものを考えてきた。しかし,生物が個体という形をとって生きるか,あるいはまた別の形をとって生きるかは,その生物の生き方の問題である。

 みずから動きまわって有機質の食物を探して食い,それで栄養をとるという生き方を採用した動物は,栄養の単位と生殖の単位を一つにまとめた明確な個体という形をとって存在するほかなかったであろう。固着性で,たまたま近くを通った食物をとりこむとか,水流を起こして食物を吸いこむという栄養のとりかたをしている水生動物で個体性がはっきりしないのも,そう考えれば理解できる。さらにこのような動物では,食物獲得が偶然的要素に支配される可能性が高そうであるから,むしろ明確な個体という形より,栄養共同体としての群体という形のほうが,より有利であったかもしれない。

 植物の場合にはわざわざ栄養と生殖の単位を一つずつまとめて,他と切り離し,個体という形をとることになんらの利点も認められないように思われる。植物において個体性が明りょうでないのは,おそらくそのためであろう。

 しかし,また別の観点からすると,植物の個体性を必ずしも否定しきれないようにも見える。それは進化との関連においてである。C.ダーウィンは,進化の原動力である自然淘汰は,個体に作用すると考えた。よりよく適応した個体はより多く子孫を残すだろう,したがって,しだいにそのような性質をもった個体がふえていき,進化が起こるのだと彼は考えたのである。その後,群淘汰という考え方がでてきた。淘汰は個体にでなく,個体の集団に作用するというのである。しかし最近では,群淘汰の説明は理論的には困難であり,血縁淘汰包括適応度というような新しい概念を導入すれば,淘汰は個体に働くと考えたほうがより合理的に説明ができることが強調されている。この考え方,すなわち個体淘汰という考え方に立ったとき,植物の個体性も含めて,個体ないし個体性というものを再検討してみる必要があろう。しかし,この個体淘汰という概念も,たまたま個体としての存在形態をもっている人間が考えついた偏見かもしれない。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「個体」の意味・わかりやすい解説

個体
こたい

生物が生活するのに必要な構造と機能を備えた不可分の単位体であって、栄養吸収を行って成長し、体制を維持し、さらに生殖を行う生活体である。栄養法、体制、生殖法は動物、植物、菌類によってそれぞれ特徴がある。個体には単細胞体と多細胞体のほかに多核体もみられる。これらの個体は、それぞれが属する生物種に共通する形態的・生理的・生態的特徴をもっている。したがって、同じ種に属する個体は互いによく似ているが、2個体によって有性生殖が行われる種では、雄と雌のように、個体に多少異なる型がある。さらに、有性生殖を行う配偶体と、無性生殖を行う胞子体との区別のあるものもある。また、個体が個々に生活する場合のほか、社会性集団をつくるものや、分裂や出芽によって生じた単細胞または多細胞の新個体が、ある決まったやり方で集団(群体)をつくるものもある。

[原田英司]

動物類

群体をつくる種では、いくつかの個体が互いに空間的にも機能的にも接して一体となって存在するが、個体間には明確な仕切りがあって独立に運動することができる。個体に役割の異なるいくつかの型がみられることもある。群体にも種によって固有の構造があり、あたかも個体のような外観を呈するサンゴ類やコケムシ類などのように、個体の個体性が不明確になっているものもある。社会性昆虫などでも、ミツバチ、アリ、シロアリなどのように、役割の異なるいくつかの型の個体で集団を構成するものがある。そうした集団の構造にも種の特性があり、種の生態的特性には個体が外界との関係のなかで集団として示すものも多い。

 個体の形態や生態などは発育に伴って変化するのが普通で、特有の型をもつ安定した発育段階や世代がみられる種も少なくない。個体の一部分から再生などによって別の個体を生じることもあるので、個体は分割可能のようにもみえるが、部分が部分のままで生活することはなく、基本的には新しい個体がつくりだされて生活するのであるから、生活体としてはやはり個体が単位体である。

[原田英司]

植物類

動物類の個体をつくっている細胞は真核細胞であるが、植物類では藍藻(らんそう)類だけが原核細胞で、他は真核細胞である。藻類には単細胞体が群体をつくるものがあり、とくに緑藻類ではクンショウモ、アミミドロなどが定数群体(一定数の単細胞体からなる)をつくる。ボルボックスの中空球状の群体では、ある細胞は遊走子を、他の細胞は卵または精子を生じ、また、雌雄別に群体をつくるものもある。

 多核体は多核を含む管状体で、仕切りはない。いろいろの藻類でみられるが、緑藻類のツユノイトは仮根のある分岐した管状体(数センチメートルの高さの胞子体)に遊走子を生じ、遊走子から生じた微小な配偶体に配偶子を生ずる。この配偶体は昔は別種の生物として名づけられていた。

 胞子体と配偶体との区別があるものは多細胞体の藻類やシダ類でもみられるが、コンブでは微小な配偶体が雌雄異体である。イチョウやアオキなども雌雄異体であり、これらを含む維管束植物類の個体は一般に根、茎、葉という器官を備えていて茎葉体といわれる。このような体制分化のない藻類の個体は葉状体といわれる。

[寺川博典]

菌類

原核細胞のものは原核菌類(いわゆる細菌類)、真核細胞のものは真核菌類(いわゆる菌類)である。体制からみると、単細胞体、菌糸(細長くて分岐がない)、菌糸体(菌糸が分岐して成長した形態)などの区別があり、菌糸、菌糸体には多核体のものと多細胞体のものとがある。これらとは別に、粘液状の多核体は変形菌類の特徴であって変形体といわれる。粘液細菌類や細胞粘菌類の単細胞体は単独の生活ののちに集団をつくって滑走運動を行い、やがて集団が一体となって特徴的な形態の微小な子実体を形成する。子実体は胞子形成体である。

 その他の真核菌類の代表的な体制は菌糸体であり、これは環境が適当であれば基物内で成長を続け、いろいろの方法で次々と胞子を形成する。とくに担子菌類の多くは多細胞菌糸体上に大きい子実体(いわゆるキノコ)を形成し、基物内の菌糸体はさらに成長を続けて年々キノコ形成を繰り返す。このキノコをたとえば10個とった人が、10個体のキノコをとったと表現したとする。しかし、この表現は明らかに誤りである。なぜなら、キノコは繁殖器官であり、個体の本体である菌糸体は基物内にあって目には見えていない。こうしてみると、個体にはおよそ決まった形、大きさ、寿命があるといったような、動植物類でいう個体の通俗的な概念は、直観的に菌類に当てはめることはできないわけである。

[寺川博典]

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