二厳寺跡(読み)にごんじあと

日本歴史地名大系 「二厳寺跡」の解説

二厳寺跡
にごんじあと

[現在地名]都城市鷹尾一丁目

大淀川の二厳寺橋西側の小高い山の中腹にあった。鶏足山と号し、臨済宗京都妙心寺末寺。本尊釈迦如来創建は応永二二年(一四一五)といわれるが、万延元年(一八六〇)寺院由緒調控(都城島津家文書)によると秋江(北郷義久第二子)が応永年中鎌倉円覚寺を出世後、開山となって創建したとされる。天文一一年(一五四二)八月一一日、志和池しわち城をめぐる北原氏と北郷氏の争いのなか、北郷氏により二厳寺で千部経読誦が始められた(「北郷忠相等三代日帳写」都城島津家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む