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井上正長 いのうえ まさなが

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

井上正長 いのうえ-まさなが

1654-1721* 江戸時代中期の大名。
承応(じょうおう)3年生まれ。井上正任(まさとう)の3男。元禄(げんろく)6年美濃(みの)(岐阜県)八幡(はちまん)藩主の兄正岑(まさみね)より3000石を分与される。甲斐(かい)(山梨県)府中藩主徳川綱豊(家宣(いえのぶ))に家老としてつかえ,将軍継嗣となった家宣にしたがって西丸御側衆(おそばしゅう)。家宣の遺命により1万石に加増され,正徳(しょうとく)2年常陸(ひたち)(茨城県)下妻(しもつま)藩主井上家初代となる。5年奏者番兼寺社奉行。享保(きょうほう)5年12月4日死去。67歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の井上正長の言及

【井上氏】より

…近世大名。三河国の出身。正就は徳川秀忠につかえ,1615年(元和1)1万石を領し,22年遠江横須賀5万2500石となり,老中に昇進。その後幕末までの間に十数度の転封を繰り返すが,常陸笠間(1645‐92,1702‐47)と遠江浜松(1758‐1817,45‐68)の領有期間が比較的長かった。1868年(明治1)以降は上総鶴舞に移封。分知・加増により石高の増減があったが,1718年(享保3)正岑(まさみね)のとき,6万石に加増,以後幕末に至る。…

※「井上正長」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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