単なる物と他人との差は、後者が「自分」をもつことである。わたし自身の「自分」でなく他者の「自分」を他我という。哲学上、他我が問題とされるのは、「自分」をどう考えるかということと密接な関係があるためである。「自分」をあくまでかけがえのないものととらえれば、わたしは原理上、他人の体験はできぬゆえに、体験主体としての他我をどう了解するかが問題とならざるをえない。これが他我問題である。それに対し伝統的には、感情移入による了解を唱える説(リップス)、他者のふるまいから体験を類推するとする類推説(エイヤー)、他者の体験の意味はその行動であると主張する行動主義などの諸立場がある。しかしそのような問題設定を初めから認めず、自分のもつ絶対的なかけがえなさのほかに、自分の社会的・歴史的次元を認める立場もある。このような立場ではだいたい、自分というものがまず社会的、公共的次元で成立し、かけがえなさの成立は二次的なものであると考える傾向が強い。それゆえ他我の了解は第一次的な社会的次元で確保されているとされ、他我の了解不可能の問いはおこらないとされる。
[伊藤笏康]
『エヤー著、吉田夏彦訳『言語・真理・論理』(1955・岩波書店)』▽『フッサール著、船橋弘訳『デカルト的省察』(『世界の名著51 ブレンターノ フッサール』所収・1970・中央公論社)』▽『ブーバー著、植田重雄訳『我と汝』(岩波文庫)』▽『大森荘蔵著『言語・知覚・世界』(1971・岩波書店)』▽『廣松渉著『存在と意味』(1982・岩波書店)』
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