ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「仮刑律」の意味・わかりやすい解説
仮刑律
かりけいりつ
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[日本の行刑史]
明治以前の行刑は,死刑を中心としつつも,人足寄場や徒刑場など近代的自由刑の萌芽とみられるものも存在した。明治新政府の仮刑律(1868)は,死,流,徒,笞(杖)刑を採用し,旧幕期の追放刑をすでに若干の藩で律の伝統から採用されていた徒刑に代えた。新律綱領(1870)も基本的にこれを維持し笞,杖,徒,流,死の五刑を定めた。…
… 日本近代以後の刑罰を歴史的にみると,そこには,身体刑に代えて自由刑・財産刑を刑罰制度の中心とし,その自由刑をも単純化していくという一般的な刑罰史の流れに沿っている。まず,明治維新直後の1868年(明治1)に制定された仮刑律は,基本的に律令制度にならって,笞,徒(ず),流(る),死の4種類の刑罰を認め,次いで70年に制定された新律綱領も,笞,杖(じよう),徒,流,死の5刑をおいていた。が,73年に制定された改定律例は,明清律のほかにヨーロッパ法をも斟酌(しんしやく)し,従来の5刑制を廃止し,笞,杖,徒,流の4種を改め,すべて懲役とした。…
…やがて,フランス革命の精神を反映した1810年のフランス刑法典が成立し,19世紀を通じて,近代刑法の模範とされたのであった。 日本では,明治維新後,1868年(明治1)に仮刑律が制定され,続いて新律綱領(1870),改定律例(1873)が制定されたが,これらは,中国法系の律の影響を強くうけたものであった。日本の刑法が近代化するのは,82年に施行された旧刑法によってである。…
…明治維新以来,国家秩序維持のため統一的刑法典編纂の必要性が痛感されていた。新政府は,手始めに1868年に仮刑律(仮律。12律118条)を定めたが,その後の調査,編集に基づき編纂したのが新律綱領である。…
※「仮刑律」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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