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伊達吉村 だて よしむら

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

伊達吉村 だて-よしむら

1680-1752* 江戸時代前期-中期の大名。
延宝8年6月28日生まれ。陸奥(むつ)宮床(みやとこ)領(宮城県)領主伊達宗房の長男。伊達綱村(つなむら)の養子となり,元禄(げんろく)16年陸奥仙台藩主伊達家5代。財政の再建,殖産興業,学問所の設置などを実行,中興の祖といわれる。宝暦元年12月24日死去。72歳。初名は村房。通称は藤次郎。号は獅山,隣松軒。歌集に「隣松集」。

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朝日日本歴史人物事典の解説

伊達吉村

没年:宝暦1.12.24(1752.2.8)
生年:延宝8.6.28(1680.7.23)
江戸時代中期の仙台藩5代藩主。中興の祖。家格一門で宮床邑主の伊達宗房(2代藩主忠宗8男)嫡子。母は片倉景長の娘,阿松(貞樹院)。元禄8(1695)年藩主綱村の世子となり,16年襲封。寛保3(1743)年致仕。40年間の治世では,享保の改革を断行,藩財政を再建し次代に余裕を残す。元文初年(1736年ごろ),将軍徳川吉宗は近年の古雅風俗の失われたことを嘆き,吉村のみは「古雅ノ風ヲ失ハス,実ニ列侯ノ長者タリ,自今卿等奥州ヲ師トスヘシ」と賞賛したと伝えている。<著作>『隣松集』正続18巻(歌集),『花押新集』『花押後集』『花押外集』

(齋藤鋭雄)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の伊達吉村の言及

【仙台平】より

…絹袴地の一種。仙台藩主5代伊達吉村が正徳年間(1711‐16)京都西陣の織工,小松弥右衛門を招いて織り始めたと伝えられる。幕府諸侯への贈答,臣下への下賜品を織らせるためで,御国織と称されたが,好評を博し,のちに仙台平として広まった。…

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