日本歴史地名大系 「佐古山」の解説 佐古山さこやま 徳島県:徳島市徳島城下佐古佐古山眉(び)山北麓の一角、現佐古山町・南佐古一番町―同八番町、南蔵本(みなみくらもと)町一―三丁目の山際の一部にあたる。佐古山の一部に諏訪(すわ)山や万年(まんねん)山がある。「三好記」などによれば、天正五年(一五七七)三月、細川真之が二千の兵で三好長治が拠った篠原玄蕃頭が守る今切(いまぎれ)城を攻め、土佐泊(とさどまり)城(現鳴門市)の森志摩守は船で長治救援に向かったが、夜であったため助任(すけとう)川には入れず、船を佐古山の下に乗入れた。だが今切城を忍び出た長治は助任川筋で森方の船を探したため、落合うことができなかったという。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by