佐田白茅(読み)さだはくぼう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「佐田白茅」の解説

佐田白茅 さだ-はくぼう

1833*-1907 幕末-明治時代の武士,官僚
天保(てんぽう)3年12月10日生まれ。佐田竹水長男筑後(ちくご)(福岡県)久留米(くるめ)藩士昌平黌(しょうへいこう)にまなび,尊攘(そんじょう)運動にくわわる。明治2年外務省にはいり,朝鮮に派遣され,翌年帰国。征韓の建白書を提出したが,4年に辞職した。晩年は史談会幹事。明治40年10月4日死去。76歳。名は直寛。通称は素一郎。

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367日誕生日大事典 「佐田白茅」の解説

佐田 白茅 (さだ はくぼう)

生年月日:1832年12月10日
江戸時代;明治時代の筑後久留米藩士
1907年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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