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佐竹蓬平 さたけ

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美術人名辞典の解説

佐竹蓬平

江戸中・後期の画家。信濃生。名は正夷、字は子道・叔規、通称佐蔵、別号に亀文石・藍泉等。寒山禅師に漢籍・書を学び、江戸で宗紫石、京都で池大雅に師事する。のち長崎へ行き、南宋画を究め、熊本で村井琴山高本紫溟、博多で亀井南冥と相識る。また差くらい焦雨と親交があった。山水・人物を能くすし、篆刻に長じた。文化4年(1807)歿、58才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

佐竹蓬平 さたけ-ほうへい

1750-1807 江戸時代中期-後期の画家。
寛延3年12月1日生まれ。池大雅に文人画をまなび,また篆刻(てんこく)もたくみであった。天明3年肥前長崎,肥後熊本などをまわる。一時上野(こうずけ)(群馬県)沼田にすんだが,晩年は郷里の信濃(しなの)(長野県)飯田ですごした。文化4年11月12日死去。58歳。名は正夷。通称は佐蔵。別号に亀文石。作品に「荘子夢想図」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

佐竹蓬平
さたけほうへい
(1750―1807)

江戸後期の画家。信州(長野県)下伊那(しもいな)郡に生まれ、通称を佐蔵、長じて正夷(せいい)、字(あざな)は子(しどう)(道)、叔規(しゅくき)という。蓬平はその号。22歳のとき江戸に出て長崎派の花鳥画を身につけるが、自らの意にあわないとしていったん郷里に戻り、のち京都に出て池大雅(いけのたいが)に南画を学ぶ。1783年(天明3)には長崎から熊本に遊び、時習館教授高本紫溟(しめい)らと交遊。晩年は郷里で過ごし、中央画壇に出ることなく終わった。[星野 鈴]

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