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佐藤伊三右衛門 さとう いさえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

佐藤伊三右衛門 さとう-いさえもん

1826-1895 幕末-明治時代の商人。
文政9年10月生まれ。嘉永(かえい)2年蝦夷地松前にわたり,叔父の木綿商升屋栄五郎の店を経営。翌年からニシン漁をおこない,6年から明治2年までヲタスツ(歌棄)・イソヤ(磯谷)場所請負人となる。明治28年3月死去。70歳。陸奥(むつ)信夫郡(福島県)出身。名は栄右衛門。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

佐藤伊三右衛門

没年:明治28.3(1895)
生年:文政9.10(1826)
幕末維新期の蝦夷地歌棄・磯谷場所の請負人。陸奥国信夫郡飯坂村(福島県)の伊左衛門の3男。幼名重三郎。はじめ栄右衛門,隠居後は伊三右衛門を名乗った。嘉永2(1849)年松前に渡り,木綿商の叔父の養子となり升屋栄五郎店の経営に当たった。翌年西蝦夷地で鰊漁を始め,嘉永6年より歌棄・磯谷場所の請負人として明治2(1869)年まで活動した。佐藤家は松方デフレ期に干場や漁具を集積して建網場20数カ所を所有する大漁業家になり,その後寿都銀行の頭取を出している。場所請負人から地場資本家に転身しえた好例といえよう。<参考文献>「佐藤家文書」(北海道大学北方資料室蔵)

(中西聡)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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