佐藤孝二(読み)サトウ コウジ

20世紀日本人名事典 「佐藤孝二」の解説

佐藤 孝二
サトウ コウジ

昭和期の物理学者 東京大学名誉教授



生年
明治33(1900)年1月17日

没年
昭和47(1972)年2月2日

出生地
大分県

学歴〔年〕
東京帝大理学部物理学科〔大正14年〕卒

学位〔年〕
理学博士〔昭和5年〕

主な受賞名〔年〕
紫綬褒章〔昭和45年〕

経歴
東大講師、昭和4年助教授、航空研究所所員、9年欧米出張、15年小林理学研究所設立に参画理事兼務。16年東大教授に就任し、35年定年退官。この間理工学研究所員を続け、23年小林理研理事長、24年から学習院大理学部長を兼任。日本音響学会長を務めた。その後リオン株式会社取締役会長。専攻は音響学で日本初の無響室を完成、残響室吸音測定法、遮音測定法を確立、都市騒音対策に尽くした。著書に「音響学」など。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学位 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「佐藤孝二」の解説

佐藤孝二 さとう-こうじ

1900-1972 昭和時代の物理学者。
明治33年1月17日生まれ。昭和16年母校東京帝大の教授となる。23年小林理学研究所理事長,24年学習院大理学部長をかねた。26年日本音響学会長。東大退官後リオン社長,のち会長。圧電結晶の音響機器への応用などの研究で知られる。昭和47年2月2日死去。72歳。大分県出身。著作に「音響学」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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