朝日日本歴史人物事典 「何如璋」の解説
何如璋
生年:道光18(1838)
清国の初代駐日公使。中国語読みは「ホー・ルーチャン」。広東省大埔の人。字は子峨。進士となり,李鴻章に認められる。駐日公使として明治10(1877)年12月に着任。13年12月までの3年間,琉球処分,条約改正,朝鮮問題などに直面。琉球処分では外交団引き揚げ,通商関係の断絶を要求するなど中国の主権擁護に努力した。また『使東述略』『使東雑詠』を著し,明治維新後の政治制度,兵制,地理,人物などを紹介したが,急速な西欧化には批判的であった。帰国後,福建船政大臣に就任。光緒10(1884)年,清仏戦争で福建海軍が壊滅,辺境警備に流された。<著作>何如璋等『甲午以前日本游記五種』<参考文献>鈴木智夫「中国における国権主義的外交論の成立」(『歴史学研究』404号)
(横山宏章)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報