日本歴史地名大系 「便ノ山村」の解説
便ノ山村
びんのやまむら
[現在地名]海山町便ノ山
慶長六年(一六〇一)の検地帳(徳川林政史蔵)に「便山村」と記される。相賀組に属し、寛政五年(一七九三)の大差出帳(同蔵)に、「便山村より弐拾弐町西の方山奥に木津と申枝郷御座候。是は万治二亥年より民家出来仕候。山稼仕候。諸色共便山村の内に御座候」と記され、小名
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
慶長六年(一六〇一)の検地帳(徳川林政史蔵)に「便山村」と記される。相賀組に属し、寛政五年(一七九三)の大差出帳(同蔵)に、「便山村より弐拾弐町西の方山奥に木津と申枝郷御座候。是は万治二亥年より民家出来仕候。山稼仕候。諸色共便山村の内に御座候」と記され、小名
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