日本歴史地名大系 「保々西城跡」の解説
保々西城跡
ほぼにしじようあと
[現在地名]四日市市西村町 城下
この地に拠った朝倉氏は室町幕府奉公衆に属し、奉公衆を書上げた永享以来御番帳(内閣文庫蔵)・文安年中番帳案(同文庫蔵蜷川家文書)には、二番に兵庫助、五番に備後入道が出る。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
この地に拠った朝倉氏は室町幕府奉公衆に属し、奉公衆を書上げた永享以来御番帳(内閣文庫蔵)・文安年中番帳案(同文庫蔵蜷川家文書)には、二番に兵庫助、五番に備後入道が出る。
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[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...