倉富恒二郎(読み)くらとみ つねじろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「倉富恒二郎」の解説

倉富恒二郎 くらとみ-つねじろう

1851-1891 明治時代の政治家。
嘉永(かえい)4年生まれ。倉富篤堂の子。倉富勇三郎の兄。草場佩川(はいせん),広瀬林外(りんがい)らに漢学をまなび,東京で法律をおさめる。郷里福岡で自由民権思想をとなえ,明治13年県会議員となる。「福岡日日新聞」(「西日本新聞」の前身)の創刊に参加した。明治24年8月死去。41歳。名は胤文。字(あざな)は伯錫。号は竜村

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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