倉部(読み)そうほう

日本歴史地名大系 「倉部」の解説

倉部
くらぶ

[現在地名]伊賀町柘植町

上柘植(かみつげ)の北部にある集落。明治四年(一八七一)書写の北打山山論文書中の山手米年々上納控(伊賀町役場蔵)に「家数五拾六軒」とある。北は近江国に接する。「日本書紀」天武天皇元年七月条に「然して後に、別に多臣品治に命して、三千の衆を率て、萩野に屯ましむ。田中臣足麻呂を遣して、倉歴(くらふ)道を守らしむ。(中略)近江の別将田辺小隅、鹿深山を越えて、幟を巻き皷を抱きて、倉歴に詣る」とあり、倉歴(現倉部)は壬申の乱における重要地点であったことが知られる。「和名抄」によれば当地に接する近江国甲賀郡に蔵部郷があるが、鹿深(かふか)山は伊賀国に隣接する近江国辺りの山をさすと推定され、そこを越えた所に倉歴があるから、倉歴は伊賀側にあったと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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