偲・慕(読み)しのぶ

精選版 日本国語大辞典 「偲・慕」の意味・読み・例文・類語

しの・ぶ【偲・慕】

[1] 〘他バ五(四)〙 (古くは「しのふ」)
① 過去のことや離れている人のことなどをひそかに思い慕う。思い出してなつかしむ。しぬぶ。
※古事記(712)下・歌謡「あが思ふ妻 有りと 言はばこそよ 家にも行かめ 国をも斯怒波(シノハ)め」
源氏(1001‐14頃)柏木「御あそびなどの折ごとにも、まづおぼしいでてなむしのばせ給ける」
② 物のよさ、美しさに感心して、それを味わう。賞美する。
万葉(8C後)一・一六「秋山の 木の葉を見ては 黄葉(もみち)をば 取りてそ思努布(シノフ)
③ 恋いしたう。
※浮世草子・世間娘容気(1717)四「それ程までに娘が事を忍(シノ)ばるる上は成程聟にとりませふが」
[2] 〘他バ上二〙 ((一)が中古に濁音化したため「忍ぶ」と混同してできたもの) (一)①に同じ。
書紀(720)綏靖即位前(北野本訓)「孝性(おやにしたかふまこと)純深、悲慕(シノフル)こと已むこと無し」
※源氏(1001‐14頃)賢木「あひ見ずてしのぶるころの涙をもなべての空のしぐれとや見る」
[語誌](1)上代では、思い慕う意は「ふ」が清音で、ハ行四段活用。こらえる意は「ぶ」が濁音で、バ行上二段活用、しかも「しのふ(偲)」の「の」は甲類音、「しのぶ(忍)」の「の」は乙類音というはっきりした違いがあったと考えられる。ただし、「万葉‐四四二七」の「家(いは)の妹(いも)ろ吾(わ)を之乃布(シノフ)らし」のように「しのふ」の「の」が乙類の仮名で表わされている例や「万葉‐四六五」の「秋風寒み思怒妣(シノビ)つるかも」のように「しのぶ」と濁音化した例もあり、奈良末期には両者の「の」の区別が失われ、「ふ」の濁音化も始まったようである。→「しのぶ(忍)」の語誌。
(2)この語の万葉仮名の「怒」「努」などを「ぬ」とよんだところから従来「しぬぶ」とされて来たが、現在ではその大部分は「しのふ」とよむべきことが明らかにされている。しかし、少数ながら「しぬふ」もあったと見られる。→しぬぶ(偲)
(3)連用形が使われる場合が多いが、中古以降は四段活用か上二段活用か判別しがたいので、用例は明確なものだけに限った。
(4)現代語では、「なき人をしのんで」のように五段活用が用いられる。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

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