光永平蔵(読み)みつなが へいぞう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「光永平蔵」の解説

光永平蔵 みつなが-へいぞう

1804-1862 江戸時代後期の治水家。
文化元年生まれ。肥後(熊本県)益城郡(ましきぐん)木倉手永(きのくらてなが)の惣(そう)庄屋,光永惟影の養子。嘉永(かえい)元年(1848)石造の御船川(みふねがわ)眼鏡橋をきずき,安政6年(1859)御船町地域に「嘉永の井手(用水路)」をひらいた。文久2年10月9日死去。59歳。本姓は加来。名は惟詳(これよし)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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