全間村(読み)またまむら

日本歴史地名大系 「全間村」の解説

全間村
またまむら

[現在地名]久米南町全間

上二(かみに)ヶ村・下二ヶ村の東に位置し、村内を全間川が流れる。山間の広域にわたる村で、北西に当村から分れた泰山寺(たいさんじ)村があり、その北西は下弓削(しもゆげ)村。中世は弓削庄に属し、嘉吉四年(一四四四)六月九日の某宗親書状(岡本文書)に全間村とみえ、立野村とともに京都相国(しようこく)寺徳雲院領になっている。「蔭涼軒日録」延徳四年(一四九二)七月一五日条によれば、両村の平常時の年貢は三〇〇貫文ほどであった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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