八原村(読み)やはらむら

日本歴史地名大系 「八原村」の解説

八原村
やはらむら

[現在地名]香住町八原

ふじ村の南西に位置し、南は七美しつみさかい(現村岡町)。村域は矢田やだ川の流域に展開し、集落は同川左岸沿いに発達。弘治三年(一五五七)の「但馬国にしかた日記」には「やうら村」とあり、当地には与一左衛門殿・主計殿などが住し、伊勢神宮の御師吉久は神札を一六、七ほど配付している。近世領主変遷矢田村に同じ。正保(一六四四―四八)頃成立の国絵図に村名がみえ、高三〇七石余。出石封内明細帳では本村と手子分の二筆で記される。本村・手子分を合せて拝領高二一二石余・改出高三二石余、本村の免状表高は一八三石余で、この内訳は屋敷二斗余・麻畑二斗余・田方三七石余・畑方一四五石余、ほかに新発高七石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

福岡県福岡市博多区の櫛田神社の夏祭り。壮麗な山笠で知られる。今日,山笠には飾り山笠と舁き山笠(かきやまがさ)の 2種類がある。明治時代に電線が架設されて以降,物語場面の人形などを飾りつけた高さ 15m...

博多祇園山笠の用語解説を読む