八日市町(読み)ようかいちまち

日本歴史地名大系 「八日市町」の解説

八日市町
ようかいちまち

[現在地名]小松市八日市町

東は東(ひがし)町、西は竜助(りゆうすけ)町に挟まれた南北通りで、南は三日市(みつかいち)町、北は西(にし)町に続く。長さ二町四三間四尺・幅二間三尺(皇国地誌)。中世は野代(のしろ)庄本折(もとおり)のうち。天文一〇年(一五四一)八月二〇日本願寺証如が西照(さいしよう)寺教明(「天文日記」にみえる本折教明)に下付した阿弥陀如来絵像(西照寺蔵)の裏書に「能美郡本折八日市村西照寺常住物也」とあり、本折地内に三日市と並ぶ定期市場が成立していた。


八日市町
ようかいちまち

[現在地名]松任市八日市町

中(なか)町の東に続く北陸街道(本町通)の両側町で本町。町の長さ五八間余(皇国地誌)。東は四日市(よつかいち)町に続く。天明五年(一七八五)の町絵図(松任市立博物館蔵)に「八日市場」とみえ、町家の屋並が描かれている。文久三年(一八六三)の宿絵図(青木家蔵)には八日市町とあり軒数二八、ほかに馬継所がある。屋号に升屋・桶屋・車屋(四)・米屋・室屋・油屋・紺屋・井関屋などがある。馬継所(伝馬所)は松任町が北陸街道の宿に定められていたため常置されていたもので、寛文六年(一六六六)には常備伝馬数四六と定められていた(「温故集録」加越能文庫)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む