八田古秀(読み)はった こしゅう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「八田古秀」の解説

八田古秀 はった-こしゅう

1760-1822 江戸時代後期の画家
宝暦10年生まれ。円山応挙門人で,花鳥人物画をよくし,法橋(ほっきょう)となった。一説村上東洲の門人ともいう。文政5年9月5日死去。63歳。京都出身。字(あざな)は子(士)瑩。通称宮内別号に希賢。作品に「古秀画譜」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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